間違いに気づいて、
「ここ、違うんじゃない?」
と声をかける。
すると、返ってくるのは
「違う、絶対こう!」。
問題文をもう一度読むようにすすめても、
「読んだ!」
と言い返される。
説明を重ねるほど子どもは意固地になり、
こちらもだんだん口調が強くなる。
「どうしてそんなに頑固なの」
と言いかけて、飲み込んだことはありませんか。
「絶対こう!」と譲らないのは、
頑固な性格だからではありません。
最初に思いついた考えに、
注意が引っ張られ続けてしまう、
人間の頭の仕組みです。
しかも、本人はそれに気づけません。
だからこそ、叱るより「一歩引いて眺める」会話が、
家庭でできる現実的な一手になります。
専門家も陥る!思い込みのメカニズム
まず、ある有名な実験をご紹介します。
心理学者のビラリッチさんたち(2008年)は、
チェスの専門家に、ある盤面の問題を出しました。
その盤面には、すぐ見つかる解き方と、
もっと短くて良い解き方の、2つがあります[1]。
専門家たちは、1つ目の解き方を見つけたあと、
「もっと良い方法を探しています」
と答えました。
ところが、そのとき目の動きを記録してみると、
すでに思いついた解き方に関係する盤面の場所を、
ずっと見続けていたのです。
つまり、本人は
「別の方法を探している」
つもりなのに、
実際の目と注意は、最初の答えのまわりを回っていました。
研究者はこの現象を、
最初に思いついた考えが
「どこに注意を向けるか」
を決めてしまう仕組みで説明しています[1]。
ここで大切なのは、
これがチェスの専門家にも起きたということです。
努力が足りないわけでも、
性格の問題でもなく、頭の使い方の自然なクセなのです。
子どもに
「ちゃんと考えて」
「もう一回よく見て」
と言っても動かないのは、
本人は「ちゃんと見ているつもり」だから。
気づけないものは、気合いでは直せません。
慣れた方法が新しい発見を妨げる理由
もう一つ、見逃せない実験があります。
クルックスさんとマクニールさん(2009年)は、大学生81名に、
水差しを使って決まった量の水をつくるパズルを出しました。
実験の前半で、同じ型の練習問題を解く回数を、
0問・1問・5問・10問・20問・40問と、
グループごとに変えたのです。
その後に、もっと簡単な解き方でも解ける問題を出すと、
結果は次のようになりました[2]。
- 練習問題を多く解いたグループほど、簡単なほうの解き方を使わなくなった
- 練習が10問以上になると、簡単な解き方を使う人はほぼいなくなった
- 練習問題そのものは、どのグループも正答率95〜100%
- 最後の練習問題を解く時間は、1問グループの約32秒から、40問グループの約18秒まで短くなった
つまり、練習を重ねた人は、
速く、正確になった。でも、別のやり方を思いつきにくくなった
のです。
もちろん、この実験は大学生を対象にした特別なパズルで、
中学生の家庭学習にそのまま当てはまるわけではありません。
それでも、
「うまくいっている型ほど、手放しにくい」
という方向性は、数学の勉強にも思い当たる方が多いのではないでしょうか。
40年の指導経験から見えてきたのは、
「絶対こう!」と言い切る子ほど、
直前に成功した解き方
に引っ張られている、
ということです。
頑固なのではなく、うまくいった型に頼っているのです。
数学学習での先入観の影響
先入観は、問題を解く場面だけでなく、
数学の単元のあいだでも起きます。
その代表が、分数や小数でつまずく
「整数バイアス」です。
整数のルールに慣れた頭が、
分数や小数を学ぶときに邪魔をする現象で、
たとえば分子と分母を、別々の整数として扱ってしまう傾向が知られています。
分数のたし算で、分子どうし・分母どうしを、
そのままたしてしまう間違いは、
この傾向のよくある現れ方のひとつです。
なぜそうなるのかは、研究者のあいだでも、まだ意見が分かれています。
ただ、
「前に習ったことが、次の学びの邪魔をする」
という現象そのものは、親が思う以上に、ごく自然に起きているのです。
子どもとの会話で試すべき「一歩引く」アプローチ
ここからは、家庭でできる会話のご提案です。
ただし、
この会話が効果的だと確かめた研究が、あるわけではありません。
あくまで、ここまでの仕組みを踏まえた
「試してみる価値のある提案」
としてお読みください。
考え方のポイントは、
子どもの考えを、間違いかどうかで判定する前に、
いったん「テーブルの上に置く」ことです。
「自分の考え」と「自分」を、
少し離して眺めてもらうイメージです。
数学教育の研究でも、自分の見方は考えるために必要なものだが、
それを「唯一の正解」や、他の人の考えと同じものとして扱わない、
という区別が議論されています[4]。
次の3つの問いかけを、試してみてください。
問いかけ1: 「いま、どう考えてる?」
正しいかどうかは、まだ言いません。
まず、考えを言葉にして、外に出してもらいます。
頭の中だけにあった考えが、見える形になります。
問いかけ2: 「ほかの見方をするとしたら、どうなる?」
反論ではなく、遊びとして聞きます。
「ほかの解き方、ありそう?」
「もう一人の自分なら、どう言うと思う?」。
最初の考えから、ほんの少しだけ視点をずらす練習です。
問いかけ3: 「もし、この答えが違っていたら、どこが怪しいかな?」
「間違っている」と決めつけるのではなく、
自分の答えを「いまのところの仮の答え」として扱う入り口です。
ここで怪しいところが見つかれば、見直しのきっかけになります。
親の言い方を変える工夫
- NG:「違うでしょ、問題文をちゃんと読みなさい」
- 言い換え:「その考え、おもしろいね。ほかのやり方で確かめてみようか」
- NG:「なんでそんなに決めつけるの」
- 言い換え:「最初に思いついた考えって、ずっと頭に残りやすいんだって。一回、別の見方も試してみよう」
まとめ:子どもの頑固さの裏にある注意のクセ
- 専門家でも、「探しているつもり」で、最初の解き方のまわりを見続けていた[1]
- 慣れた型ほど、速く正確になる一方で、別のやり方を思いつきにくくなる[2]
- 前に習ったことが、次の単元の邪魔をすることも、ごく自然に起きる[3]
- だから、責めるより「いま、どう考えてる?」と、考えを外に出してもらう
「絶対こう!」と返ってきたとき、
それは、子どもの性格の問題ではなく、
頭の自然なクセが顔を出した合図です。
次に言い返されたら、一呼吸おいて、こう聞いてみてください。
「いま、どう考えてるのか、教えてくれる?」
その一言が、思い込みを責めずにほどいていく、最初の一歩になります。