「基礎問題は満点なのに、応用問題だけ×が並ぶ」
——我が子の答案を見て、そんな違和感を覚えたことはありませんか。
「基礎はできているから、応用力が足りないだけ」
「量をこなせば自然に慣れる」
と考えて、問題集を1冊増やしてみる。
それでも、次のテストでまた同じように応用問題で手が止まる。
そんな経験をしている家庭は、決して少なくありません。
「応用問題」
という分類自体が、実はつまずきの原因になっています。
応用問題は、基礎問題とは別物の難しい領域ではなく、
基本要素がいくつか組み合わさっているだけのものです。
応用問題の捉え方が成績に与える影響
認知科学の世界には、
この現象をそのまま説明する有名な実験があります。
Chi, Feltovich & Glaser(1981)は、
物理学の専門家(博士課程在籍者)と初心者(力学の授業を終えたばかりの学部生)に、
24個の物理の問題を
「解き方が似ているもの同士」
に分類させる実験を行いました。
結果は、両者で分類の基準がまったく違っていました。
- 初心者:問題に登場する物体や、物理的な設定(滑車、斜面など)といった表面的な特徴で分類した
- 専門家:表面的な特徴は分類にほとんど使わず、解答に必要な基本原理で分類した
論文にはこう書かれています。
「専門家は、これらの表面的特徴を分類に使わなかった」。
これを数学に置き換えると、何が起きているか見えてきます。
「応用問題が解けない」
という状態は、実は
「表面的な設定(長い問題文、複雑な図、見慣れない状況)
に気を取られて、その奥にある基本要素を見抜けていない」
状態そのものなのです。
問題そのものが本質的に難しいわけではなく、
「基礎」と「応用」を全く別のカテゴリーだと思い込んでいることが、
むしろ初心者的な分類の仕方をしてしまっている——これが最初の理由です。
条件整理の力で成績を上げる方法
ここで気になるのは、
「見抜く力なんて、どうやって身につけさせればいいのか」
という点でしょう。
これについても、学校現場での実証研究があります。
「Schema-Based Instruction(スキーマに基づく指導)」
と呼ばれる指導法で、問題文の中から
「わかっていること」
「聞かれていること」
を型として捉える練習を、明示的に行う指導法です。
米国の中学校を対象にした準実験研究では、
この指導を受けた生徒グループと、
受けなかった統制グループを比較しています。
- 事後テスト(満点31点)の平均点:指導を受けたグループ 13.87点/統制グループ 12.69点
- 9週間後の遅延テストでも:13.55点/12.76点と、効果が持続
- 標準化効果量:事後テストで約0.32SD、遅延テストでも約0.25〜0.30SD(統計的に有意)
つまり、
「問題文から条件を整理し、構造を見抜く」
という練習は、一時的な理解にとどまらず、
2か月以上たった後にも効果が残る形で成績に反映されるということです[2]。
逆に言えば、
「応用問題が解けない」
ことを能力の問題として諦める必要はなく、
「条件整理」という具体的なスキルの問題として、
家庭でも練習できる
ということです。
公式を知っていても点数が伸びない理由
もう一つ、見落とされがちな視点があります。
ある年度の全国学力・学習状況調査の算数の問題では、
解答の根拠まで正確に書けた子どもは21.1%にとどまりました。
一方で、誤答の選択肢を選んだ子どもは26.5%おり、
そのうち16.8%は「同じ誤った考え方」で根拠を書いていました。
誤答した子どもたちは、面積の公式を知っていて、
実際に使って計算していました。
知識はあり、論理的に考えてもいた。
それでも間違えたのです。
理由は、図の中にある
「ある部分の意味」
に気づけなかったから
——公式を機械的に当てはめることと、
その公式が何を意味しているかを理解することは、
まったく別の力だということを、この結果は示しています。
「うちの子は公式を覚えているのに、なぜ応用問題になると崩れるのか」
と感じている保護者の方は、
まさにこの現象に当てはまっている可能性があります。
基礎問題のテストでは
「覚えた手順を再現する力」
が測られ、
応用問題では
「その手順の意味を理解し、条件に合わせて使う力」
が測られている
——この違いに気づかないまま「基礎は完璧」と判断してしまうのは、よくある誤解なのです。
家庭で実践できる条件整理の3ステップ
では、具体的に家庭で何をすればいいのか。
長い問題文を前に固まってしまう子どもに対して、
親ができることは3つのステップに整理できます。
ステップ1:問題文からわかることを全て書き出す
問題文の中に出てくる数値や条件を、
一つずつ声に出させながら書き出します。
「問題文を読んで、分かっていることは何?」
とだけ聞けば十分です。
答えを教える必要はありません。
ステップ2:聞かれていることを自分の言葉で説明させる
「結局、最後は何を求めればいいの?」
と聞きます。
これを自分の言葉で言えない場合、実は
「わかっていること」と「聞かれていること」
がつながっていない状態です。
ここで初めて、どこで止まっているのかが見えてきます。
ステップ3:不要な情報を見分ける力を育てる
問題文の中には、
答えには直接使わない情報(いわば「おとり」の条件)が含まれていることがあります。
「この数字は、答えを出すのに本当に必要?」
と聞くだけで、情報の構造を意識する練習になります。
この3ステップは、Chi et al.の
「専門家は基本原理で問題を見る」
という知見と、
SBI研究の
「スキーマ構築を明示的に練習すると成績が上がる」
という知見の、家庭でできる実践版です。
教え込むのではなく、親が問いを投げかけることで、
子ども自身が条件を整理する力を育てる
——これが、長期的に「初見の問題」にも対応できる土台になります。
まとめ:応用問題を解くために必要な力とは
「応用問題ができない」
と感じたとき、まず疑ってほしいのは、お子さんの能力ではなく、
「応用問題」と「基礎問題」を別物だと捉えてしまっている、
その分類の仕方自体
です。
専門家が物理の問題を分類するときに使わなかったのは、
表面的な複雑さでした。
彼らが見ていたのは、その奥にある基本原理だけです。
数学の応用問題も同じで、見た目の複雑さに圧倒される前に、
「わかっていること」
「聞かれていること」
「使わない情報」
の3つに分けるだけで、見え方が変わってきます。
次に長い問題文に出会ったら、
まずは一緒にこの3つを書き出してみてください。
それが、応用問題を
「別世界の難問」から「基本要素の組み合わせ」に変える、
最初の一歩になります。